リンク集掲示板ご意見箱サイトマップ
FOREST FUND OF EHIMEOpening FLASH

web番愛媛の森林
シリーズ 愛媛大学農学部出張出前講座 第5回

このシリーズは、愛媛大学農学部から講師の先生をお迎えし、森林・林業や環境などのタイムリーな話題について、一般の皆様にも分かりやすく解説していただくものです。今回は、「四国のブナ林は生き残れるか」と題して、原田光教授にご講義をお願いしました。

  原田 光教授
原田 光  <Harada Ko>

【現職】
愛媛大学農学部教授
【主な研究テーマ】
温帯林(ブナ・ミズナラ)、熱帯林(フ
タバガキ)およびマングローブ林の
分子レベルの集団遺伝学、四国に遺
存する作物群の遺伝子地理学

はじめに−ブナ林の歴史

ブナと聞いて多くの人が連想するのは世界遺産に登録された白神山地のブナ林ではないでしょうか?四国でも、例えば石鎚山に登れば比較的標高の高いところでブナの木を見ることが出来ます。このブナの木は白神山地などの東北地方のブナと同じものなのでしょうか_また世界中ではいくつかの種類のブナがありますが、これらとはどのような関係にあるのでしょうか?

ブナの木の特徴の一つはドングリに似た実をつけることです。ドングリをつける種類はナラ類とカシ類、それとシイ、クリの仲間がありますが、これらをふくめてブナ科(Fagaceae)というグループに入ります。ただし、ブナはナラ、カシ、シイ、クリとはかなり離れた系統関係にあります。種類で見るとナラ類は世界に350種も存在するのに対し、ブナ(ブナ属)では世界で10種が存在するにすぎません。日本にはブナとイヌブナがあり、どちらも日本の固有種となっています。お隣の中国には4種のブナがありますが、これらはいずれも日本のものとは違う種です。ちなみに台湾と韓国にはそれぞれ、タイワンブナとタケシマブナという種が存在します。ブナはそのほかにヨーロッパと北米に隔離分布しており、ヨーロッパではオリエントブナとヨーロッパブナの2種、北米ではアメリカブナ1種が分布しています。オリエントブナとヨーロッパブナは近縁で、比較的最近に種分化が起こったらしく、その年代はたかだか10万年くらいと推定されています。それに対し、日本のブナの歴史は古く、ブナとイヌブナの分化は100万年以上も前にさかのぼり、形態的にもかなりの違いが見られます。つまり日本のブナは100万年以上の歴史を持って日本に分布しているといえます。

日本のブナの歴史については花粉分析という手法が使えます。すなわち日本各地の湖底の泥炭化した土壌を掘り、そこに含まれる花粉化石の種類を顕微鏡で調べるとともに、その年代を14C年代測定法という方法で調べるわけです。日本列島では過去20万年の間に少なくとも6回くらいの氷河期の周期があったとされていますが、列島への人の移住や移動などの生活史とも関係の深い最終氷期前後の植生変化が最も詳しく調べられています。最終氷期は3万3000年前に始まり、2万年前に最寒期をむかえ、それから徐々に温暖化して約8000年前に現在の気候に近いものになったとされています。花粉分析からは最寒期の時期にはブナ林は現在の富山湾、伊勢湾及び周防灘あたりに逃避地(レフジアといっている)を作って細々と寒さをしのいでいたらしく、それが1万2000年前、これは日本海への対馬暖流の流入が始まった時期に相当するのですが、海洋性気候への変化と期を一にして一気に分布の拡大が起こりましたが、8500年くらい前を堺に南西日本では低地から減少してゆき、高地に隔離分布するようになり、一方で、東北日本では低地から丘陵地にかけて広く分布するようになり、ほぼ2500年前に現在の分布ができあがったとされています。現在、分布の南限は大隅半島の高隈山(標高1237m)であり、北限は北海道渡島半島の黒松内です。


遺伝子を使ってブナ林の歴史を調べる

日本列島のブナは形態上、大きく日本海側のものと太平洋側のものとにわけられ、これはそれぞれ冬季の多雨多雪と、乾燥に適応した結果だと説明されています。最終氷期以降の日本のブナ林の歴史を考えてみると、気候の変動に対する植生分布の拡大や縮小は遺伝子レベルの変化を伴ってきたはずであり、遺伝子の変化を調べることにより、一層詳しい分布の変化が分かるのではないかと私達は考えました。遺伝子として、私達は葉緑体の中にあるDNAの変異を調べました。葉緑体は実は太古の微生物(シアノバクテリアの一種)が寄生し、共生するようになったもので、それ自身の遺伝子を保存しているわけです。葉緑体は花粉には含まれないので、これのDNAを調べることにより種子がどのように移動してきたかを調べるのに都合がよいわけです。葉緑体DNAの変化を調べ、これをタイプ分けして(このタイプをハプロタイプといいます)その分布を見たのが【図1】です。

【図1】日本列島におけるブナの葉緑体DNAハプロタイプの分布
【図1】日本列島におけるブナの葉緑体DNAハプロタイプの分布

これから見るとタイプ4とタイプ6が東北日本の主なタイプで、タイプ4は太平洋側に、タイプ6は日本海側に分布することが分かります。つまり太平洋型のブナと日本海型のものは起源が異なり(おそらく、それぞれが伊勢湾と富山湾のレフジアに由来するものなのでしょう)、しかも日本海側のものは北海道に渡るとともに津軽半島を回り込み、太平洋岸を北上してきたブナの集団と仙台あたりでぶつかり混ざり合ったことが分かります。西日本ではタイプ1、2、3が76あり、それぞれ別のレフジアから広がったことが考えられます。なお、タイプ5とタイプ7はそれぞれ、伊豆の天城山と愛知県の段戸浦谷に特有のものです。


四国のブナ林は生き残れるか?

では現在の四国のブナ林はどのような分布をしているのでしょうか?これについては森林総合研究所の倉本恵生さんがGISを用いた詳細な研究をしており、四国には252のブナ林のパッチが認められ、合計面積は25,000haあるそうです。これは四国の面積の1.8%に相当しますが、最も大きいものは石鎚山系にある6,383haのパッチ、ついで剣山系の4,993haのパッチになります。しかし多くのパッチは100ha以下のものでこれは全パッチ数の88.3%を占めます。倉本さんはブナ林パッチと周辺の人工林や二次林の分布から、人為的な分断化によって生じたものも多いと結論づけています。四国のブナ林は氷河期以降の気候温暖化によって分断化し、さらに最近になって人為による分断化に拍車がかかってきているわけです。また、最近の地球温暖化により松山市では過去50年で0.9度の年平均気温の上昇が見られます。このことから将来においてブナ林の断片化はますます進行するものと考えてよいと思います。熱帯林などでは森林が分断、縮小化することにより生態系の変化が生じ、それによる種多様性の低下などが報告されています。また択伐によって立木密度が低下すると自殖が促進され種子生産に大きな影響が出ることも報告されています。一方で、四国のあちこちのブナ林を歩いてみますと、多くは下層植生がササで覆われ、実生が見られるのはまれです。このようなことから、四国のブナ林がこのまま存続することが出来るのか危ぶまれることになります。森林の樹木集団が環境変動に適応し、存続できるためには十分な遺伝的変異が蓄積されていることが必要です。そこで私達は現在の四国のブナ集団がどの程度の遺伝的変異を保っているのか、それは本州の他の集団と比べて大きいのか小さいのかを調べるために、マイクロサテライトとよばれる遺伝子の領域を調べてみることにしました。マイクロサテライトとはATATATAT…あるいはATCATCATCATC…のように、2塩基あるいは3塩基の配列単位の数回ないし数10回の繰り返しがみられるDNA領域のことで、変化しやすく、個体間の差異が非常に大きい領域です。これによって比較的最近(数百年〜数万年まで)の集団の遺伝的構成の変化を調べることが出来ます。愛媛大学演習林を含めて四国全体で7つのブナ集団(他に、石鎚山、笹ヶ峰、大野ヶ原、風呂塔、烏帽子山、剣山)の遺伝的多様性について調べた結果を【図2】に示します。

ヘテロ接合度の分布
【図2】ヘテロ接合度の分布(Ho:観察値、He:期待値)

遺伝的多様性、すなわち集団が遺伝的にどれくらい変異に富んでいるかはヘテロ接合度という尺度で示します。ここでHeとHoはヘテロ接合度の期待値と観察値で、集団に近親交配があると、観察値は期待値を下回ることが知られています。比較のために中国地方の大山と東北地方の栗駒山のデータを加えています(それぞれ名古屋大学戸丸信弘さん、東北大学陶山佳久さんのデータ)。これからまず分かることは四国のブナ集団は一般に大山や栗駒山など本州の集団と比べても多様性は低くないと言うことです。さらに四国の集団内では風呂塔の集団の多様性が他と比べて低いということと、期待値と観察値の差から大野ヶ原集団には有意な近親交配が認められるということです。このデータを外国で行われた研究例と比較してみましょう。スペインのA. S.Jumpらは同じようにマイクロサテライトを用いてヨーロッパブナの7つに分断化した集団を調べていますが、ヘテロ接合度の期待値と観察値の平均はそれぞれ、0.700と0.611で、分断化していない集団と比べ有意な低下はなかったとしています。他方、多様性の別の尺度である対立遺伝子多様度は7つの集団すべてで低下し、近親交配は7つの集団の内6つで検出されたということです。四国では対立遺伝子多様度は風呂塔のみで低下しており、スペインのブナ集団の分断化は600年前に人為的要因によって起こったとされているので、このことから四国の集団での遺伝的多様性の低下(風呂塔)や、近親交配の進行(大野ヶ原)は氷河期以降の温暖化によるものではなく、最近の人為的な分断化や、二次林化による影響が大きいといえそうです。ともあれ、四国のブナ林には本州のブナ林と比べても同等以上の多様性が残っており、すぐには心配をする必要はなさそうだということですが、これまでに調べたのは比較的大きな集団で、今後、隔離集団や小さく断片化したブナの集団について調べ、全体像を明らかにしたいと思っています。

おわりに

森林が遺伝的にどのような構造をもっているのか、またどのような交配様式が行われ、各地域の集団と集団は遺伝的にどのように関係づけられるのか、について分子レベルの研究が始まったのは世界的に見てもたかだか15年くらい前です。森林樹木の遺伝学的研究が進んでいなかったのは樹木の世代数が長く、交配して子孫を調べるということが容易ではなかったからです。しかし近年になって分子生物学が発展し、様々な分子マーカーが利用できるようになり、樹木の形質と関連づけたマーカーを用いることにより、育種を含め多彩な研究への発展が期待できるようになりました。これまでの温帯林や熱帯林、あるいはマングローブの研究をとおして思うのは樹木集団のあり方は非常に変化に富んでおり、それは大きく過去の進化的歴史、すなわち環境への適応の過程によって形成されてきたものであるということです。また森林は現時点にお いてもどんどん変化しつつあるダイナミックなものであるともいえます。私達の研究は森林について、遺伝的な多様性が生態系や種の多様性とどのように関連しあって、生物多様性といわれるものを作り上げているのかを明らかにすることです。分断化されたブナの集団は寄せ集めれば一つのものになるわけではありません。長い歴史を持った分断化はそれぞれを特徴あるものにし、固有の生態系を形成してゆくようになります。これは日本のブナだけでなく、熱帯林の樹木や亜寒帯の樹木についてもいえるはずです。豊かな森林を次の世代に残すことは我々の大事な仕事であろうと思います。そのようなことに私達の仕事が貢献できればと思っています。



Copyright(c) 2012 FOREST FUND OF EHIME. All Rights Reserved.