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愛媛の森林第20号を記念して、今回から新たなシリーズとして、愛媛大学農学部から講師の先生をお迎えし、森林・林業や環境などのタイムリーな話題について一般の皆さまにもわかりやすく解説をしていただく「愛媛大学農学部出張出前講座」を開設することになりました。
第1回目である今回は、県都松山市が、平成6年以来の渇水に見舞われている事に鑑み「水と森林」の関係について、農学部の井上章二助教授にご講義をお願いしました。
井上 章二
<Inoue Shoji>
【現職】
愛媛大学農学部 助教授 農学博士
森林利用学会 理事
日本海岸林学会 編集委員
日本林学会 関西支部 幹事
【研究テーマ】
林野火災の延焼拡大予測と火災跡地の環境保全、適正な森林利用に基づく山林地の水土保全と流域管理等の研究に取り組んでいる。
「日本では蛇口をひねればいくらでも飲める水がでる」と言われています。本当でしょうか。蛇口から流れ出てくる水をそのまま飲んでも、お腹の具合やウィルス感染を気にせずに過ごせる国は意外に少なく、このことを海外で経験された方も多いことでしょう。確かに、日本の水道水の水質は世界最高水準といってもかまいません。それでは、本当にいくらでも水が出てくるのでしょうか。平成6年には西日本一帯で大渇水となり、1日にわずか5時間の給水という松山市を始め、愛媛県内各地で非常に苦しい生活 を強いられたことを思い出します。昨年(平成14年)から今年にかけても例年以上に水不足の状態が続き、愛媛の水事情を心配されている方も多いと思われます。ということは日本においても水は限りある貴重な資源になってきたと言えるのではないでしょうか。出張出前講座の第1回目はこの貴重な水と森林および土壌との関わりについて解説したいと思います。
地球は表面の3分の2が水で覆われていて、『水の惑星』とも呼ばれています。このように地球上には海水や氷としてたくさんの水があるのですが、私たちが普通に使えるのは川の水や地下水などほんの一部(全体の0.8%)に限られています。その限られた水はどこから来るのでしょう。空から雨や雪として降ってきます。それでは雨や雪は何から作られるのでしょうか。それは地表の水や海水が蒸発したり、森林などの植物が根から吸い上げた水を葉の気孔から放出している水蒸気が素になっているのです。水蒸気が上空で雨雲となり、それが雨や雪となって降ってきます。つまり、水は地球の表層部分と大気圏を、気体や液体あるいは固体へと姿を変えながら循環しているわけです。地球上のトータルの水量は一定なのですが、この循環している水は地域的にも季節的にもまた年によっても大きなバラツキがあり、洪水、渇水といった問題が起こってきます。水をたくさん使う場所やたくさん使うときに多くの雨が降ってくれると助かるのですが、なかなかそういうわけにはいきません。
松山市など東中予沿岸部が含まれる瀬戸内地域の降水量は日本では少ない方ですが、それでも世界平均をかなり上回っています【図1】。それなのに水不足になるのはなぜでしょう。一般的には次のような原因が考えられます。
(1)雨量そのものは多いが、人口1人あたりで計算すると世界平均を大きく下回る【図2】。
(2)人口増加や私たちの生活が昔に比べて豊かになり使う水の量が多くなった。
(3)日本の山地は急斜面が多く、山に降った雨もすぐに川に流れ、川も流れが速いので海まで一気に出てしまう。
(4)豊かな水をはぐくむ森林がその機能を十分に発揮できていない。
などです。
(1)番は今のところ直接的には打つ手無しです。 【図2】は松山市民1人あたりの降水量が計算上はクウェート国民より少ないことを示しています。これは松山が潜在的にいかに渇水に陥りやすいかを象徴的に表していて、かなり驚かれる方も多いのではないでしょうか。(2)番は節水型都市作りや日常の節水など行政レベル、市民生活レベルでいろいろと考えていかなければならないでしょう。(4)番が直接森林のはたらきに期待されるところであり、(3)番の前半部分も森林と関係しています。
注1:【図1】【図2】の松山市を除く資料は国土庁・日本の水(1997)による
注2:【図2】の松山市の数値は最近の松山市統計資料を元に計算した
さて、森林にはさまざまなはたらき(機能)があることが知られています。木材を生産する機能の他、水源かん養(渇水緩和)、洪水緩和、国土保全、保健レクレーション、炭素固定による地球温暖化抑止、遺伝子資源保全・・・など、いくつも挙げることができます。木材生産を除いたものを森林の公益的機能と呼ぶこともあり、時々耳にしたり、目に留まったりしているのではないでしょうか。水不足を緩和する直接的なはたらきは、水源かん養機能と言いますが、これは洪水緩和、国土保全のはたらきと関係し合って、山地の水・土砂の保持や移動と密接に結びついています。
それでは森林はどこに水を蓄えているのでしょうか。実は土壌の中やもっと下の地下水帯に蓄えているのです。森林というと樹木そのものに目が行きがちですが、木を育てるのも、水を蓄えるのも土壌なのです。森林の土壌はミクロン(1ミリの千分の1)よりも小さなものから砂よりちょっと大きいザラザラのものまで、さまざまの大きさの粒子(大きな石が含まれる場合もある)でできています。つまり土壌は粒子の集合体なので金属などと違って、すき間(土壌孔隙(どじょうこうげき))ができるのです。その孔隙の量は松山市の石手川源流部の森林で調査すると約50〜60%にも達しています。良好な森林土壌は体積のなんと半分以上が空気や水が入るスペースなのです。これだけ孔隙が多くても土壌がむき出しになっていると雨はなかなかしみ込みません。降ってきた雨は森林の土壌を覆っている落葉や腐植層を媒介として土の中へ入っていきます。そうして、徐々に川へ流していったり、さらに下へ浸透させて地下水を豊かにするのです【図3】。
このように水源かん養にとって、とても大切な森林土壌は、一朝一夕にできるわけではありません。前出の石手川の上流部は花崗岩(かこうがん)類と呼ばれる地質です。この花崗岩の堅い基岩が、温度差による膨張・収縮、水や植物の作用、雨水の化学的作用などによって「マサ土」と呼ばれる細かな土になる(これを風化作用という)までに約100万年かかると言われています。しかも、マサ土はまだまだ土壌の中では幼稚園児のようなものです。これに植物や動物の死骸などの有機物が含まれ、それらが微生物により分解されていくことによって、水をたくさん蓄えることができる大人の土壌に成長していくのです。特に有機物の多い表面付近は、栄養分豊かで孔隙の多い貴重な土壌が育っています。前に土壌が木を育てると書きましたが、このように木(森林)が土壌を育てる一面もあり、持ちつ持たれつの関係にあります。もし、森林や森林土壌がすべて無くなり、岩肌が露出してしまうと、現在の状態に戻るまで100万年以上は十分にかかることになります。そこまで極端でなくても、森林の状態が良くないと土壌への影響が少なからず出てきて水源かん養機能が低下し、機能の回復にはかなりの時間を要するのです。〈写真1〉は石手川上流域の森林土壌断面のサンプルです。上部の黒っぽい部分に有機物が多く含まれていて、下部の白っぽい部分がマサ土です。土壌全体に根が張り巡らされている様子を見ることができます。
注:森と水のサイエンス:日本林業技術協会、東京書籍(1989)より一部変更
<写真1>
理想的な森林の姿が少しでもイメージできてきたでしょうか。森林や林業に関心を持っている人にとっては今や「耳タコ」状態かもしれませんが、木材価格の低迷や労働力不足などで、愛媛県に限らず日本の人工林(スギやヒノキ林)は手入れが行き届かず、特に『間伐(木の間引き)』の遅れが目立っています。間伐が遅れると〈写真2〉・〈写真3〉のように林の中に光が入らず、昼でも暗く地面は草や木が生えない裸地状態となります。そうなると雨が降っても水が土壌中に入らないだけでなく、〈写真3〉を注意深く見るとわかりますが、土壌が流されて、本来、地中にあるはずの根の部分が露出するようになります。根が露出すると、根が乾燥して樹木自体に良くないのは当然ですが、このように土壌の中でも一番大事なところが流されると、ここで生活している動植物全体にとっても、水源かん養にとっても良くないし、さらに川の水質も悪化するのです。健全な土壌を失わず、その機能を十分に発揮させるために、人工林は私たちが手を入れて、管理してやることが必要なのです。愛媛県での理想的な森林(人工林)の一例を〈写真4〉に示しています。前の写真とよく比べてみて下さい。
<写真2>
<写真4>
<写真3>
一部に、人工林はよくないという意見があります。皆さんはどのように考えますか。前に書きましたが、森林にはたくさんの機能があるのです。それらの機能をバランスよく発揮させることが私たちにとって大事なことではないでしょうか。例えばたくさんの家を建てるためには早くまっすぐに成長するスギやヒノキが必要で、水源かん養についてはこれら人工林も手入れを怠らなければ、天然林と同じような機能を発揮することがわかってきています。ただ、人工林にする場所や人工林と天然林の割合が現状で最適かどうかははっきりとはわかっていません。これは気候、地形などの自然条件や地域の社会条件などでも変わってくるはずです。森林は私たちにとってなくてはならない貴重な財産(資源)であり、いろいろな側面で私たちを支えてくれています。しかし、このように多くの機能を合わせ持っているために、かえってまだわかっていないところも多いのです。森林やそこで生活している生き物たちと人間との最適な関係を見つけることが私たち森林研究者の大きな使命の一つです。
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